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カナダ.バンクーバー近郊でケータリングサービスをしています。日々の生活、大好きなスケート、そして子供達の事を綴ります。


by precioushearts
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カルガリーオリンピック以降のエカテリーナのお話

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先日書きかけのエカテリーナの話の続きは1988年カルガリーオリンピックの演技から。

彼らは一糸乱れぬ演技でオリンピックでは金メダルを取ります。
前評判から金メダルの大本命。
そしてオリンピックでは金メダリストに値する演技をした彼らですが、エカテリーナはオリンピックイヤーは1年に渡る神経衰弱の祭典だと言っています(笑)
ただでさえ小柄な彼女なのにストレスからシーズン最初に41キロあった体重が38キロまで落ちてしまったと語っています。

そしてオリンピックの時には、選手村のプレイルームにあった100種類のフレーバーから好きなアイスやトッピングを選べるサンデーコーナーがあり、
「試合が終わったら食べよう!」
と他の選手が美味しそうに食べるのを羨望のまなざして見ていて、優勝後、プレイルームに行くとすでにそのサンデーコーナーはなくなっていたのだそうです!?
選手用のカフェテリアでアイスクリームを3皿も平らげたけど、サンデーとは比べ物にならないと悔しそうに語っていました(笑)


ペアスケータとして順風満帆な二人でしたが、エカテリーナは徐々にからだの成長に伴いジャンプが飛べなくなってきます。
もともとだぶるアクセルの苦手なエカテリーナだったのですが、からだも大きくなり体重も増え、ますますだぶるアクセルが決まらなくなってくるのです。


1988年の秋、エカテリーナは右足を骨折してしまいます。
成長する体重を増やさないように十分な食事をとらず、カルシウム不足に陥っていたのだそうです。
選手としてシーズン入ったばかり時期の怪我、とても苦しいものですが、この休養の時期が二人の距離をグッと縮めます。
この時期から彼らは本当のカップルになるのです。
そのシーズン最後,ぶっつけ本番の状態で世界選手権に出場し、素晴らしい演技を見せてくれます。
いえ、魅せてくれるのです。



これは翌年の1990年の世界選手権。

なんとか優勝を飾ったものの.......
えぇ、エカテリーナジェンプ飛べていません。
そして二人のぴったりな動きも以前に比べて乱れがちです。
英才教育で育てられた人形達に心が宿ったって感じ。
エカテリーナに迷いや苦しみ、色々な気持ちが演技からも見て取れます。

そしてセルゲイはこのシーズンから挑戦した新しいリフト「ループリフト」(一番最初に行なうリフト)のせいで、肩の痛みに悩まされるようになります。
ただこれが原因と分かるのはずっと後の事です。



その次のシーズン、コーチをタラソワさんに替え、今までプログラムをずっと作ってもらっていたマリナ.ズエワさんと離れてしまいます。
これはマリナ.ズエワさんとの仲がおかしくなったという訳ではなく、マリアさんはタラソワさんと振り付けに対する考え方が全く違うから、一緒にはやれないとの事での決別でした。
この頃のセルゲイの肩はひどくなる一方で完全に二人は壁に突き当たって、すっかり行き詰まってしまうのです。

「思いきってプロに転向しようか」

と思い、コーチのタラソワさんに相談すると、意外にもタラソワさんはプロに転向する後押しをしてくれます。
それから二人はプロの世界選手権で優勝を重ねます。
プロの世界選手権はアマチュア時代のように難度の高いジャンプよりも、ドラマティックな演技を表現する方が求められました。
そしてプロに転向してすぐにエカテリーナはセルゲイからプロポーズをされ、次の春には結婚式を挙げました。

<とりあえず今日はここまで。次こそは最後までたどり着くぞ!>
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by precioushearts | 2012-01-25 15:56 | スケート